大砲文明と日本

ポルトガル軍需博物館中庭

様々な艦艇砲16世紀、ポルトガル軍需博物館中庭

歴史的に大砲は、「大型投擲兵器と火薬の結合」で、小銃より早くから使用されたと言われている。大砲は12世紀ごろ、小銃は14世紀ごろから。
大砲の出現は様々な科学的な進歩を伴った。
治金や金属加工、火薬大量製造などの他、大きなところでは「艦船」の発達、やがてそれは大航海時代を迎えたが。

また、多くの学問、ガリレオ・ガリレイに代表される、放物線、弾道学、化学、など。日本には16世紀、小銃とほぼ同時に伝来した。小銃は大規模に生産、装備され、その運用、兵站も世界一の水準、規模を誇る完成度を短期間で実現したが、大砲は小銃のようではなかった。その原因、実態、は何か。はたして19世紀になり幕末、列強の砲艦外交の圧力下に於いて遅ればせながら日本各地で大砲製造、運用が着手されたが、その技術は爾後、どのように日本工業近代化に貢献したかがこの内容のポイントとなろう。

初期鍛造砲の内部15世紀

初期鍛造砲の内部15世紀

なお、砲は小銃とどう区別されるか、定義されるかは議論の多いところであると思う。小銃は個人が保持し、装填、発射可能に対し、砲は発射薬に対する強度からくる重量、そのための架台、駐退後座機能を備えその反動を処理する仕組みがあったものとするのが自然であろう。

現存する中世以前の多くの砲は砲身のみで架台が欠けている。しかし何らかの方法で砲身と架台を止める機能があったはずだ。

内容案:以下の項目を約1年間掛けて完成していくつもりである。

1. 大型投擲兵器と日本
2. 中世の「大砲の定義」と実力
3.アメリカ独立戦争時代の砲艦遺跡【NEW】
4.南北戦争と戊辰戦争の大砲【NEW】
・ 艦艇、要塞、大砲の時代
・ 近世欧州3軍共同戦術(野山砲)と日本
・ 近世大砲の種類と能力
・ 産業革命と大砲
・ 薩長、1863年の西欧艦隊との交戦
・ 幕末、日本の大砲開発・製造
・ 近代砲開発と装備 砲兵工廠の貢献
・ 大砲と学問

などと予定している。

1848製4斤野砲

1848製4斤野砲

今年の夏、アメリカ・バージニア州ウエンチェスター(南北戦争の激戦地)に於いて前装銃環太平洋大会がある。そこでデモとして南北戦争時(1860年代前半)の野砲のデモが実施予定である。今までの大会でも開会式などで必ず小型野砲の空砲射撃はあった。概ね4斤砲と呼ばれる4kgの炸裂弾を発射する大型車輪の付いた前装砲であるが、この種の砲は日本では江戸期、幕末までほとんど使用されていなかった。西欧でも17世紀半ばに出現し約250年間はほとんど進歩なしに使用されたと言われている。

日露戦争三一年式速射砲75mm

日露戦争三一年式速射砲75mm

日本は大体、欧米野産業革命に兵器部門でも30年間で追いつき、明治30年頃制定された三十年式兵器は、欧米水準に劣ってなかった。

 

世界大砲史年表

日本の大砲文明は鎖国により途絶したことが明らかである
世界大砲史年表

世界大砲史年表

(クリックで拡大)