6 、狙撃銃と照準眼鏡
九七式狙撃銃
昭和12年(1937)に制定された狙撃銃で、2.5倍の照準眼鏡を備えていた。銃本体は三八式中期型(写真下=小倉工廠の約8000挺)と、後期型(写真上=名古屋工廠の約14500挺)から生産された。工廠の生産数は三八式小銃に含まれており、 独立した数字になって
ない。銃に記された連続番号より推定し、この合計約22500挺が4年間に生産されたと思われる。小倉のものと名古屋のものは若干細かい点が異なっており、小倉の銃は後の九九式小銃初期型のような二脚を備えており、照門は谷型で表尺は2400mまである。名古屋は二脚が無いものがあり、照門は環穴で表尺は2200mまである。また下帯の形、床尾板の形、遊底の色付けも異なり、名古屋は機関部も黒染めであるが、小倉は白磨きである。
いずれも銃の尾筒の左横に眼鏡用の台座があり、ここに照準眼鏡を固定することにより、一般の照星・照門の他に眼鏡を使用して狙いを付ける。この台座は長さ82mm、上下幅25mmの長方形で、上下が溝になっており、中心に固定用の板バネがある。眼鏡を後ろから挿入すると、まず板バネの先に引っかかり固定される。その後眼鏡の台の柄を180度後方に回転し、固定する。狙撃銃の研究家に言わせると、九七式狙撃銃とこの眼鏡の組合せは世界の同時代、同種の銃のなかでは最高の命中率を誇っているとのことだ。
台座自体は銃の本体にネジとカシメで固定されており、動かすことも取り外すことも出来ない構造である。特にネジのみの固定もネジの頭をかしめて動かないようにしてある。
九九式狙撃銃
太平洋の戦いがたけなわとなった頃に開発生産された。名古屋と小倉の生産があり、その数は九七式と同じく独立したものではなく、連続番号から推定するに約10000挺と思われる。仕組みは九七式とほぼ同じである。初期には眼鏡は4倍であったが、一部2.5倍のものが、また後期には4倍の調整可能なものまで出た。小倉の生産は約1000挺で、これはすべて2.5倍眼鏡装着で、九九式小銃の前期型から作られている。名古屋は九九式小銃の中期型で、すでにさく杖は短い形だけのものになっている。名古屋は5000挺が普通の4倍眼鏡、2000挺が2.5倍眼鏡、残りの2000挺
が4倍調整可能眼鏡装着である。このような変遷は銃の生産の事情からではなく、資料によれば眼鏡の生産の都合であった。銃本体から見るとほとんどが昭和18年前後の生産である。
眼鏡の生産番号からみた記録では2.5倍が計5600個、4倍が6000個で、銃より15%程多いが、この数は理屈に合う。
照準眼鏡
狙撃銃眼鏡と収容嚢
九七式狙撃銃用眼鏡 2・5倍x10°日本光学製 全長17・5cm
九九式狙撃銃用眼鏡 4倍x7° 東京工廠製 全長 21・5cm
照準眼鏡の構造
九七式用の2.5倍照準眼鏡は全長175mm、最大径28mm、重量354gであり、鉄製の筒に6枚のレンズを使用している。 同時代の各国のものに比べるとはるかに全長が短くコンパクトかつ精密な作りで、レンズが明るい。構造的には密閉されており、頑丈な作りである。
眼鏡は前部筒と台及び後部筒のふたつの部分で構成されており、筒が真ん中でネジ込みで組立られている。6枚のレンズは、前から「対物鏡」、「焦点鏡」、2枚の「正立鏡」、「接眼前鏡」、「接眼後鏡」である。接眼鏡2枚が拡大の役目を負っている。この眼鏡の塗装を落としてみると、前部の筒と台は一体構造で、鉄の固まりから削り出されている。これは銃と筒の角度は製作の品質管理で決定されるということだ。 眼鏡筒の外部には他国のもののように上下・左右の角度を調整する装置は見られない。また焦点を合わす装置もない。後者に関 しては射手の視力が一定していた(多分1.5から2.0くらいの視力の兵士であったろう)から問題はない。筒の外部に幾つかの細かいネジの類が、頭は出ないようにして見られる。それらはいずれもレンズの枠もしくは筒の固定用である。後ろのローレット部分の輪は「接眼環」と言われるゴム製被いの取り外し用のものである。
台座の「緊定把」と言われる眼鏡固定用の柄は長さが35mm程で、この頭の丸い部分を引っ張り後ろから前に180度回転させると、眼鏡台座の後部(銃の台座に入る部分)の真ん中3分の1、23mmが上に持ち上がり、銃の台座の溝に噛み込むことにより、この両者がしっかりと固定される仕組みである。
さてこの眼鏡はどのようにして目標に対する調整を行ったのか。これは大きな謎であった。
まず筒は真ん中で二つに分かれるが、これは筒同士の噛み込みを固定している小ネジを外し、ねじ込みを回して外す。細かいねじ込みである。レンズはいずれも後方に動かして外す。しかし、一番前の対物鏡は前に外れ、実はこれが眼鏡の目標への調整をつかさどる部分なのである。
対物鏡を取り外すには、眼鏡筒前部内側の固定用の環を二つ外す。これらの環は各々小ネジで筒に固定されており、まずこの本当 に小さい、くしゃみをしたら無くなってしまう恐れのあるネジを外さねばならない。これらの環はその間に塗料の密閉剤を挟んでいる。外側が大きく、内側が小さい。いずれも180度の間隔で刻まれた2つの溝に板状の道具を入れと回す。これらを外すと、 筒の中に2本のお互いに自由に360度回転する重なり合った筒、長さ20mmくらいが取り出せる。この二つの筒を動かすこと により、その後ろにある、線と数字を刻んだ焦点鏡の狙い点を調整できる。ちなみに焦点鏡は直径5mmほどの小さなものでここ に上下0から15まで、横に20の数字と線が彫り込まれている。信じられないが全部手作業で作られとものとのことだ。
この作業には小さなネジ回し以外に最低3種の道具が必要である。 従って工廠で完成して目視照準による射撃試験に合格した小銃に、民間の光学会社などから納入され厳重なる品質検査に通った眼鏡を合わせるには銃を固定して、銃腔内からか、目視照準からか標的に合わせ、次に眼鏡を覗きながら道具を持った手首を前から回し、対物鏡の入った二つの筒を動かし線の真ん中を標的の真ん中に合わせなければならない。しかる後に実射してみて、さ らに確認し、二つの固定環をシールしながら取り付けて、完成し、眼鏡台座部分に銃の連続番号を彫り込む。「非常に時間の掛か る作業」で、想像しただけで大変な作業である。このように綿密に調整した後の銃と眼鏡を支給すれば万全であり、戦場でこれを調整する必要の無いことに間違いない。
では日本の狙撃銃と照準眼鏡の運用に関して、もし必要が生じ野戦でその調整をどのように行ったか、という点が不明瞭であ る。この日本の方式は現場でも調整が出来なくはないが、現実的ではない。他国のものの多くは眼鏡の筒の上部に調整のための転輪があったり、取り付け部分が調整出来る。日本のものも最後に作られた九九式狙撃銃の4倍眼鏡は台に3本のネジがありそれで 眼鏡自体の角度を調整出来る。これは支給する際の手間を省き、現場で調節しろという省力化の現れであろう。
また「日本の狙撃銃、照準眼鏡は精密な図面に従いその通りに生産され、厳密な品質検査を行い、どの銃に、どの照準眼鏡も基本 的には合い、しかる後微調整で済ます。」このような方針であったことに間違いない。以前、土浦陸上自衛隊武器学校資料の中にある、狙撃銃眼鏡の図面を見せていただいたが、大型(150X90cmくらい)でかなり精密なものであった。「九九式狙撃銃 及び短狙撃銃取り扱い法」(昭和18年)は109条からなる詳しい教本であるが、眼鏡及び付属品に関しては僅かに5条(計6行)の名称の記述のみで、構造的なものは何も分からない。
以下、各種の日本の狙撃銃眼鏡を紹介する。
狙撃銃眼鏡
1、 九九式狙撃銃7.7㎜用4倍眼鏡 その1
全長(ゴム部分除く)205㎜、直径(細いところ)24㎜、重量約600g、
珍しいことに製造社、番号などが一切記されてない、「九九式短」の文字のみ。
レンズをのぞいた文字と線は2.5倍のものより一回り大きい。基準は300mで
上に100m、下は1400mまで。編流は左右に20.
収容嚢も眼鏡も明らかに使用されているので、銃との合致は札などで示したものかもしれない。
銃に差し込む架台は2.5倍より、やや大きい。真鍮製だ。
2、 九九式狙撃銃7.7㎜用4倍眼鏡 その2
(現在貸し出し中で後に掲載する。)
3、 九七式狙撃銃6.5㎜用2.5倍眼鏡 その1
2.5倍は10°である。長さ1700㎜、直径210㎜、重量350g、
製造はEK,榎本光学 No.9427 JESねじの表示。
収容嚢の上の出っ張りの下が直角になっているのが特徴で、収容嚢には「昭十八△東」の文字
4、 九七式狙撃銃6.5㎜用2.5倍眼鏡 その2
東京工廠製、収容嚢には「昭十六年東△」の文字、眼鏡には
「○にイ2165」これは銃の番号である。収容嚢の出っ張りには角度が付いており、この形が一般的である。
大宮工廠が光学兵器を開発生産した。
5、 九七式狙撃銃6.5㎜用2.5倍眼鏡 その3
高千穂光学製(現オリンパス)No22780 収容嚢の負い帯に「昭十六」の文字
高千穂は当時、渋谷区旗ヶ谷にあり、軽機の眼鏡も製造していた。
「AKATIHO」と最初のTがない。Tokyo
のTと兼用しているのだ。
6、 九七式狙撃銃6.5㎜用2.5倍眼鏡 その4
日本光学製No8847、「○にイ9959」と言う銃番号 初期の製作だろう。
初期のものは塗装の黒が艶消しで特徴がある。「日本光学」の文字は漢字。
固定金具は真鍮である。ゴム輪部分は再製作したモノをアメリカで販売していたので、それを装着した。レンズの清掃には布は使わせなかった。ブラシで落とした。
日本の照準眼鏡は戦場においてこれを調整することは恐らく出来なかったと思われる。以上。