11 、九九式狙撃銃7.7mm

必死の狙撃兵 南方で日本軍は狙撃兵を後に残して行ったそうだ。狙撃兵は樹木の上に偽装して隠れて侵攻してくる米軍を待つ。十分に周囲が米軍になったところで、一番偉そうな将校を選んで狙撃した。そうやれと教えられていたからだ。勿論、自分自身は助からないだから一種の「特攻」だ。ベトナム戦争中にも頻繁に使われた手だ。アメリカで、少々難があるが、という狙撃銃と眼鏡を見せられたが、明らかに樹木の上で撃たれたものだった。下には落ちないように自分の体に固定し、自分の体は枝か幹に固定していたのだ。
この眼鏡は別なもので完全品だ。収容箱もある。珍しく、銃と合っていた。4倍だから視界は狭いがレンズは明るい。ペンシルベニアの収集家の家で銃と眼鏡を購入した。何回か射撃し、競技にも出た。その時も各国の狙撃兵の被服を来て、背嚢を枕に射撃するというアトラクション的競技、後にも先にも日本兵が出たのは私だけ。その時は略帽だった。しかし眼鏡が太いので果たして鉄帽を被り操作に支障がないか、今回構えを試してみたが、まったく支障はなかった。
九九式7.7㎜短小銃は反動が強い。最初から狙撃銃として製造したのではなくて1943年頃製造した中期型の粗末な銃に最初は2・5倍、そして4倍の眼鏡を付けた。熕棹は曲げた。
左側の眼鏡装着装置も後付けだ。

 

鉄帽、偽装網や身体も木の枝や葉だらけだったのだろう。そんな状態で、2日も3日も樹の上で待つ。大変な覚悟だ。
この銃の負い帯(スリング)は厚い帆布(キャンバス)だ。競技のように手に巻きつける
ことは出来ない。ひじに掛けて使ったのだろう。次弾の操作に支障がない。