19、銃の機構発展は「板ばね」から「コイルスプリング」が転機
はじめに)
19世紀後半、世界では近代小銃、機関銃、自動銃、自動拳銃などが爆発的に進歩した。
その原因は「コイルスプリング」の採用である。
それ以前、19世紀前半の各種銃器はライフルを刻み、後装式などに各段の性能の進歩が見られたが、火縄銃、火打ち式銃、管打ち銃などの機関部と同じく板ばねを使用していた。19世紀前半の銃器も外火式のハンマーで発火させる方式で、板ばねを使用していた。
火縄銃や、火打ち式の一部にコイルにしたばねを使用しているがこれらは基本的に板ばねをコイル状に巻いた巻ばねである。(時計も同様)
銃器にはバネは無くてはならない部品であり、日本の火縄銃はバネを使うことで16世紀後半、当時の世界水準を越えた性能をしめした。
なぜ、板ばねがコイルスプリングに変化したか、各種のばねに関する本にも基本的な理由は記されていることは少ない。しかし銃だけでなく多くの機械機構はコイルスプリング出現で多くの目に見える進化があった。
コイルスプリングが出現するまで、銃は、板ばねは通常2-3個が使用され、外ハンマー式であった。
(セットトリガーはこれらの銃の機構にも使用されていた)
板バネを2個使用しており、地板は強固でないと保持できない 堺製でこの例は良く製造されたもので、国産のこの種のロックはバネも地板も弱い
板ばねは、強い鉄の外板が必要で、バネの端をこれにかませて組み立てるので、
分解、組み立てが困難であり、板ばねも折れやすい。修理も難しい。
また、板ばねは強さの計測が難しく、その性能の維持にも限界がある。
一方コイルスプリングは太さ、巻きの間隔などでその強度が計算できた。
また機構を縦一直線にすることで、銃器の扱いをたやすくした。
1、コイルスプリングの採用
コイルスプリングが採用されると、小銃ではこう棹が直線になった。
機関銃、自動銃、自動拳銃、その他、近代的な銃砲はコイルスプリングの
採用による開発である。19世紀後半の各種の上記の兵器は修理や清掃のための分解や組み立てに飛躍的に手間がかからなくなったわけではない。
20世紀になり、南部 麒次郎氏の開発による、三八式小銃6.5㎜がその嚆矢であろう。
コイルスプリングと板ばねの差は、先に述べたようにコイルスプリングはその強さが計算し易い、科学的な撃発の強さ、火薬の燃焼に対応できた。板ばねを使用したロック(撃発機構)の場合は複数のバネが必要であり、それらの吊りの関係を調整することに経験的な作業が必要であった。
耐久性、驚くことにコイルスプリングはかなりの期間、圧縮しておいてもへたることが少ない。撃発状態にした待機状態、箱型弾倉に弾薬を充填した状態でもかなりの期間もつ。
コイルスプリングは整備、交還が楽で、板ばねは力、道具が必要である。
コイルスプリング開発は産業革命による鉄鋼の質向上と加工技術の進歩により
出現したのであろう。最初は
19世紀の半ばごろ出たレバーアクション銃の筒状の弾倉に採用されている。
2、二十二年式小銃の例
歩兵銃と騎兵銃
恐らく、日本では二十二年式小銃の機構はコイルスプリング採用の初めての例
だろう。
同小銃はハンガリー帝国のクロパシェク11mmを元にしているが以下の
特徴があった。日本では制定後、歩兵銃13万挺、騎兵銃2万挺が生産され、日本騎兵の菱明期のものである。
特徴
イ、筒状〈チューブ弾倉〉の採用
ロ、メトフォード右回り4条ライフル
ハ、無縁火薬(フランスのB火薬)
ニ、短い銃に短い銃剣
ホ、ボルト(遊底)にコイルスプリングを採用
へ、披甲(フルメタルジャケット)弾採用
などである。
遊底は過渡期のもので、バネは細く、短い60mm、ただしかなり強い力が出ている。ボルトの全長は156mmで、40mmのボルトヘッドがある。
遊底を引くとわずかに10mmしか後退しないが、その力は強い。故障し易いだろう。
ボルトヘッドを離脱させるには、村田銃のこう棹と同じくネジ止めされた留め具を外す必要がある。撃針はボルトヘッドのために30mmと長い。
十三・十八年式村田銃と同じく遊底のネジで止めた留め具を外し、後方に引くと抜ける
ボルトヘッドは排夾口から出し、排夾子と排外子が附属している
遊底の給油口から見えるコイルスプリングの一部、後のモーゼルタイプ小銃に比較すると細い
3、その後の開発
二十二年式小銃は銃剣を付けた状態で、のちの三十年式、三八式に比較する20㎝ほど短い。白兵戦での銃剣の扱いは相手の懐に飛び込むと言う、日本古来武術のひとつの技を利用していたものだろう。
その後、各国でコイルスプリングを使用したモーゼル型近代小銃の開発が行われ、三十年式、モーゼル、スプリングフィールド、エンフィールド、モシンナガンなどの小銃が出現した。以上の小銃の全長は大体130㎝である。
日本でも日露戦争、100万人動員体制実現のため、小銃を長くした。
(長い銃と銃剣で白兵戦の優位性を保つため)
そして、
機関銃・自動銃の開発にコイルスプリングは無くてはならないもので、
日本は明治三十年(1898)に保式機関銃を制定した。欧州では1980年ころよりマキシム、ホチキス等の開発者が機関銃を開発していたが、その背景には
無煙火薬とコイルスプリング(巻ばね)の出現が重要な要素として挙げられる。
機関銃の次には自動拳銃そして自動銃とコイルスプリングは深い因果関係がある。
軽機関銃では稼働するためのスプリングと箱型弾倉のスプリングがコイル式だった。
大型兵器では大砲の駐退機構にも採用され速射砲の出現に繋がった。
協力と参考文献
協力 陸上自衛隊武器学校
小玉 正雄著 「ばねのおはなし」日本規格協会
渡辺 彬、武田 定彦著 「ばねの基礎」パワー社
(この項以上)