11、弓矢は鎧を撃ち抜くか・・・

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概説)
この鎧に鉄砲玉は50mの距離で3発発射、3発とも雑兵鎧をなんなく前後を撃ち抜いた。
これは1990年代、私が米国で、米国前装銃射撃連盟のサイロス・スミス氏
協力で実験したものだ。この鎧の下部3箇所に貼ってある赤いシールの部分がその穴である。後ろ側は玉が分かれ、幾つもの穴になっている。

『長年、日本の弓矢はどのくらいの威力そして命中率があったのか、疑問を抱いていた。』
今回、陸上自衛隊東部方面隊で同じ仕事をしている小瀬村 貴敏氏の協力を得て実験を果たすことが出来た。

1、準備

それまでの過程には様々な問題点があった。
① 場所
同氏は体育会弓術部出身で、塾道場を希望したが、危険であると断られた。それで福島県、私の家の庭で行うことにした。庭は1000坪ほどあるが、家と倉庫の間、15mほど間を距離20mくらいのスペースを縦に使用するのが最適と判断した。裏が崖、雑木林で安全であるからだ。

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(草を刈り綺麗にしてもらった)
② 射手
小瀬村 貴敏氏、53歳、弓道四段、20kgの強い弓を引く、彼が行う。

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2張の弓を持参した,弓の長さは約220cm)
③ 矢と鏃
長谷川弓具店主人に相談した。鏃は3種。柳葉と呼ばれる鋭いもの1本、板割と呼ばれる斧のような形のもの2本、そして断面が四角で重いもの2本だった。
全て中茎(なかご)の健全なもので、江戸期の現物だ。
矢は征矢にしてもらう。流鏑馬に使う、直径10㎜、長さ90㎝のものだ。4本。
(鏃を付けると95cmくらいになるが、長身の小瀬村氏にはこれでも短かったようだ)矢の準備だけでも長谷川氏と綿密に打ち合わせた。
矢は軽い。全体で500g、鏃だけでは25-35gくらいだ。

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鎧台と中身:

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(台の製作)
古文書にあるように鎧台には金属は使えない。鏃が欠けたら危険だからだ。倉庫の作業台で鑿を使い、栗の4寸角の材木から製作した。上は兜を載せるよう削る。
兜の高さを計測し、横に深さ5㎝の溝をほり楔で固定し、横木を入れ十字架のような台を製作した。丸一日掛った。
鎧と台の間には米を入れるのが正式らしいが田舎で米を粗末にしては悪い。
そば殻を袋に詰めた堅い袋を近所で製作してもらった。
台の固定:
地面に石があっては危険だ。大き目の穴を掘り、廻りは砂袋で固めた。地下45㎝に台は入れた。砂袋は隣の菊地タケちゃんの裏山から掘って来た。重いものだ。
自衛隊の災害訓練では隊員は手渡しでリレーしているがあのようなことはとてもできぬ。

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④ 距離の測定
小瀬村氏の要望により、5mと10mの地点に印をつけ、御座を引いた。
距離は長谷川氏が大体このくらいと指示してくれた。

小瀬村氏は当日午前中、郡山駅到着、私の家で昼を済ませ、しばらく休み、午後,試射を行った。実施には約1時間半かかった。

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(10mで精神を集中する)

2, 兜へ射る

距離5m。

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(兜は板割が当たると滑る)
兜はあらゆる面に角度が左右、上下に付いた物体である。真ん中に直径4㎝の星が貼られ、その部分のみが比較的平であった。板割鏃で10mの距離より3射、射るが全て左右、上下にはじかれた。上から顔の部分は砂袋で固定。
板割鏃が練習で板に試射した際に矢から外れ、後ろの地面に潜り行方不明となった。この鏃の方が長く、鋭いものだった。

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(板割の鏃)
しかし兜自体には大きな傷が残り、衝撃が大きかったことを示していた。重い断面四角の鏃で試みた最後の射が星を得て、その矢は兜を見事割った。

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(抜き出ているのが断面四角の重い鏃、胴)

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3, 胴へ射る

距離10m。
板割鏃の矢は胴の鉄板が横に合わせある部分を壊した。刺さると言う感じではなく、隙間に入り込み、矢は戻された。観察すると矢の後部は割れて壊れていた。

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(星の右側が命中したところ)

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(壊れた矢、右が矢羽根)

断面四角の矢2本は星と星の左横に命中し、胴の鉄板を貫いた。真ん中は矢の部分まで入り込んだ。横は鏃がそば殻袋のなかに全部入り、矢は胴に残った。
両方ともかなり深く入り、致命傷になること間違いない威力だった。

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(鏃の先は台にまで到達していた)

この断面四角の矢は2本しかなかったので、横に命中したものを引きぬいて、兜に使用した。命中し、鉄板を射抜く音は「ドスン」と言う鈍い独特のものであった。

所謂、柳刃と呼ばれる鋭い鏃は跳ね返された。鏃全体が曲がり、先は少しつぶれた。


(曲がった柳刃)
長谷川弓具店主人によるとこのように曲がるのが鏃の鉄、造りの良いものとの
ことだった。

5、結果と課題

兜に4射、胴に3射、実施した。
矢は鉄板を貫く威力はあるが、貫く部分は兜、胴ともに比較的平らな部分であった。傾きが付いている部分には衝撃は与えるが、矢は滑る。
鏃は鎧を射るには鋭いというより重いという要素がないと貫通しない。
鋭い鏃は鎧用ではなく、普通使いのものであろう。

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弓矢隊は鉄砲隊の間に入り、鉄砲隊をくぐって近くに来た騎馬武者をはじめとする敵兵を近距離で射る武器である。
「雑兵物語」にも引いては絞り、絞っては引き、発射する間合いを良く計るように書いてある。一矢を放ち、それが外れれば敵はこちらの防御線に入り込む。

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苦労の甲斐のあった実験だった。山は気温が低く準備、実施ともに身体的には楽であった。
日本では弓矢の狩猟は出来ない。狩猟は「銃猟、わな、網」の3種である。
米国や欧州では弓矢の狩猟は当然の手段で、猟期開始が一番早い、2番目が黒色火薬前装銃、そして一般の銃猟が1カ月遅れ位で始まる。顔にドーランを塗り、迷彩服を着用し、弓矢を持ったハンターが鹿をジープのボンネットに載せて、帰ってくるのを頻繁に観た。日本でも鹿の害が問題になっている。弓道何段以上、狩猟免状を所持する者は有害鳥獣駆除に駆り出すという案もある。

次なる課題は皮革の乾いたものは堅い。これにはどうか?
元寇のモンゴル兵対鎌倉武士の戦闘を想定したものだ。
また日本のロングボウの射程はどのくらいあるか?
1000m、2000m、これも試してみたらどうか?

協力)
長谷川弓具店
福島近所の皆さん

(この項以上)