洋式銃



11-1、スナイドル銃

タワーエンフィールド・ミニエ方式銃を日本でスナイドル銃に改造したと思われるもの。英国では1864年にエンフィールド銃を後装式に改造することから始まり口径14.66㎜、全長123㎝、腔餞3-5條 照尺1000ヤード
薬室の大きさは直径20㎜、長さ54mm、この大きさの実包を使った。

横開式の遊底

擬制弾を挿入したところ

従って1865年頃から工廠に戻されたエンフィールド銃はスナイドル銃に改造され、また原型も製造された。日本では明治2年頃からスナイドル銃に統一され多くが小石川小銃製造所で改造された。専用弾薬製造機も輸入した。
個人蔵の銃は遊底に小さな穴が開いており、博物館のものにはない。この小さな穴が閉鎖機能を果たしたものとは思えないが。

タワー1867年製

TOWERのクラウンの刻印。れっきとしたアメリカ独立戦争後の生産で
そのまま日本に来たのであろう。木質は良くない。
発射操作は1、ハンマーをフルコックまであげる、2、左のノブを押して遊底を開ける、3、弾薬を装填する、4、遊底を閉めて狙い発射。
排莢操作は、1、ハンマーをあげる、2、遊底を開ける、3、遊底を握り後ろに戻すと排莢できる、排莢子がないので、筒に残ったものをつまんで出す。
スナイドル銃には特別な閉鎖機能は付いてない。

左側、遊底を開けるノブのローレットなど出来が良い。部品も輸入品かもしれない。

ロッド、さく杖の形が変わっていることに注意。後装式だから、先が丸い部分を潰してある。

 

紙パトロン実包、上は擬制弾

過渡期の後装銃とは言え、大規模に世界中で19世紀後半に使われたと言うことは、兵器史の一ページを飾るものであろう。日本では明治10年(1878)の西南戦争で大規模に使われた。弾薬の供給が間に合わないほど多くの銃と弾薬が使われた。京橋の警察博物館に展示がある。
その後、熕棹式小銃国産化が進むとまた西欧人武器商人の手を経てほとんどが輸出された。以上