新発見1:騎兵銃用弾薬盒

1930年代になり騎兵の任務は徐々に車両にとって替わられ、騎兵の使用した騎兵銃は車両、通信その他歩兵以外の兵科に広く使用され た。例えば拙書「中国戦線の日本兵」22ページ、1937年7月天清線駅の守備兵と応援の兵士の写真がある。守備兵は騎兵銃を装備し革 帯にはやや長めの前盒を装着している。これが騎兵銃用の弾薬盒で、大別し3種が見られる。

1)負い革、外部蓋の下に2種の整備用道具、内部真ん中に油缶とネジ回し、それぞれが附属するもの
2)前者の負い革の無いもの
3)さら に外部の道具を省いたもの
いずれも内部が3つに分かれており、歩兵一般のものに比べると真ん中の油缶が入る分のみ左右が約2センチ長い。負い革のあるものは明 らかに本来の騎兵が馬上で装着したもで、その後のものは馬に乗らずに騎兵銃と使用する兵科用に作られたものであろう。
真ん中に入る油缶は、側面が弾薬盒と同じ逆台形なのが特色である。 金属製とベークライト製の2種が、蓋が一つと二つと2種ある。蓋を二つにしたのは油を挿入する際のし易さを考えてで内部は一体である。油 は30グラム入る。油缶自体の重量は金属が68グラム、ベークライトは28グラムである。ベークの質は良く何十年もたってるが変質してない。 蓋の下に入れた道具は写真の通り手入れ棒と洗管であると推察する。長さ、太さ、使用上の理由からだ。洗頭(ブラシ)を入れたという説もあ るがブラシが潰れてしまう。洗管(長さ8センチ)はサク杖に付け、ギザギザの部分に布(パッチ)を搦めて銃身の内部を拭うに使う。ライフルの 溝に添って頭が回転する仕組み。
いずれも弾薬は30発いりの箱が二つ計60発入る。騎兵銃は三八系の6・5ミリしかなかったので当然6・5ミリ弾が入れられたのであろう。

 
今回は革製でなくてゴムキャンバスのものを見たので、その実物を報告したい。これは内部の仕切に油管のみが入る形で、蓋裏に「昭十八」 とある。蓋止めが革である以外は表にキャンバスの出る素材で、蓋、革帯通し、蓋止めなどは本体にリベット止めしてある。アメリカで見付けた ものであるが、裏に焼き印で「高津」とあるのが、あまり普通でない。 まさか京都の「高津衣装」の小道具がここまで流れてきたとも思えないが、読者に何かご意見があればお聞かせ下さい。 もう一つの実物は蓋裏に「仁川工廠」のスタンプが押されているもの。これは油缶とネジ回しが入るがその他の道具は入らない形式。革の品 質はあまり高くない。
手入れ棒(長さ13・8センチ)だが、この短い形式のものは実物が大変少なくあまり見ない。しかし騎兵銃用の弾薬盒には寸法的にこれしか 考えられない。明治44年(1911)の記録では「補足サク杖」として十万本余作られたのが、これであろうか。
なお、前盒は一般的に6・5ミリ実包を紙箱から出して入れると左右に各々装弾子4個づつ計40発は収容出来る。