新発見3:小銃用負い革・負い紐

日本の小銃用の負い革はあまり種類が多く無く、他国のものとの違いで一番特徴的なことは、びじょう・金具を糸縫いしてなく、革の間に挟んであり、取り外しが出来る、と言うことだ。また素材的なものでは革以外に1930年代後半からキャンバスのみとキャンバスとゴムの組合せも ものが、また規格的には同じ頃九九式小銃用に幅広のものに出現した、ということであろう。
寸法的には歩兵銃は基本的に二種類で、幅が3センチ、皮の全長110センチ、厚さ3ミリのもの。幅が4センチ、皮の全長105センチ、厚さ4ミリのものである。日本の小銃は基本的には口径6.5ミリと同7.7ミリで、前者の負い革環が幅35ミリで、後者が40ミリなので、幅の狭いもの が三八系の小銃に、幅の広いものが九九式小銃にということは容易に推察出来よう。しかし実際に目にする小銃の負い革はこのようになって ないことも多い。幅の狭い負い革は、びじょうの孔が、真ん中に近く3個、下に近く5個ある。下に近い孔が、三八式歩兵銃(環の間約70セン チ)に使われたもので、上の穴が同騎兵銃(環の間約55センチ)に使われたものか、もしくは歩兵銃を肩掛けすの時か、背負う時かで使い分 けた。ちなみに長くした平均は85センチで短くした平均は76センチである。(騎兵銃用専用負い革は後述する)
幅の広い負い革は孔が連続して10個ある。九九式短小銃は環の距離が60センチ。
金具のびじょうは6.5ミリ系のものはあまりにも細く3ミリ、7.7ミリ系はあまりにも太く6ミリある。。いずれも折り返した革に挟まれており、遊び 革で押さえられ、これは簡単な仕組みだがめったなことでは外れることは無い優れた設計だ。遊び革は幅の細いものは一個、幅の広いものは 二個ある。これらは図にもそうなっているので間違いないと思う。革の厚さは6.5ミリ系が3ミリ、7.7ミリ用は4ミリで重量は前者が100グラ ム、後者は175グラムである。小銃の重量はあまり差はないので、三八式は中国戦線でその負い革が切れ易かったので、九九式では思い 切ってこのような太く厚く丈夫なものになったのではないか。
びじょう側は銃床部にきて、反対の調整出来ない側は「つづみぼたん」(ご存知のように古楽器の「鼓」に形が似ていることからこの呼び名が付いた)を革の切れ目に挿入し固定する。金具は素材的に6.5ミリ系は鉄、真鍮、アルミで、7.7ミリは鉄(黒塗り)である。
なぜ糸止めをしてなかったのだろう。糸で縫ったところは切れやすい、また痛んでも革さえ調達すれば金具を利用して、簡単に自作出来る、などの理由からであろう。この金具の方針はゴム引きキャンバスの新素材にもそのまま採用されている。びじょうを通す縦長の穴が2個あるのも、革の痛みにより移動させるためではないかと推察する。(九九式のものには一個しかない。)

ゴム引きキャンバスの組合せの素材は他の装具の、弾薬盒、帯、銃剣差しなどと同じく、キャンバスが上にきているものと、ゴムが上にきているものの2種が存在する。
布(キャンバス)だけのものは、固定式のびじょうのものは教練銃に装着されているのが多い。両端の金具がフック式の厚手のものは後期の ジャングル用と言われており貴重な存在である。 今まで私が見たことのないのは、キャンバス・ゴム製でゴムが上にきた幅の狭い(6.5ミリ小銃用)の実物である。

今回、報告する例は、キャンバスが表面で内部がゴムの幅広だが「50年以上も経っているのに、何でこんなに出来たままの状態になってい るのか」という実物である。知らない人が見たら、これは絶対に最近の作品と思うに違いない。金具は鉄に黒塗料仕上げだが、錆など一切なく、ゴムは柔らかく、表面のキャンバスにも一切痛みは無い。遊び革のみが本物の皮革だがこれもきらきらしている。筆者も、これを最初に一目見た際に複製品と判定した。しかし、「この素材は複製品を製造して割が合うのか」という疑問から手に取ったら、裏に「十 九 昭」の文字。
さて、このキャンバス・ゴムの製品は硬化し、ひび割れて、変色・斑になっているものが殆どである。どうしてこのような完璧な状態で保存出来たのか。冷・暗所に密閉してあったのであろうが、この秘訣をご存じの方がおられたら是非教えていただきたい。