火縄銃



20、松本城構造にみる火縄銃

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白いテントの部分が修復中 堀の幅、その他位置関係は火縄銃の有効射程
距離、100mを目安としている。

去る10月17日の日本銃砲史学会松本例会におかれ、歴史研究科青木教司氏の
「松本城の火器仕様」と言う題目の発表を聴いた。
翌日、その資料をもとに歩いてみて感じたことである。松本城は日本史上最古、文禄2年に建造され、ほぼ同じ形を維持している平城である。鉄砲が戦闘に
使われる、そのことを意識した工夫がされているが、もし17世紀初頭欧州に登場した野砲のような兵器が使われるとなかなか防御は難しいものだっただろう。

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窓が狭間である。四角と縦長がある。石落としの部分も射撃に使用した。

現在も様々な箇所は補修が行われており、その都度さまざまな発見があるそうだ。地盤の盤石なところでないので、土台支柱とそれを被う石垣に工夫がある。
天守閣は1000トンの重量があるので、それを16本のつが5mの柱で支えている。天守は6層5階で、上からの眺めは良い。

鉄砲を撃つ狭間は壁の厚さ30㎝弱の土壁であるが、上に行くにしたがい、薄くなっている。数は115個で、弓、鉄砲兼用である。

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狭間からの眺め、ここから外部は攻撃できない。

感心するのは屋根を構成していく太い木材の使い方だ。勿論錆びる釘はつかってない。木材の組み合わせだけで大きな地震や台風に耐える余裕が見られる。

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柱がこすれることで
エネルギーを消費する・・と言うことも計算済み

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天守の一番上にはお札が安置されている。

鉄砲隊が演武を行った広場に城主の館があったそうだ。

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松本市はこの城をひとつのシンボルとして予算もつけ保守管理に怠りないが、
日本全国には10くらい原形をとどめた城はない。

松本城絵図

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現在残っているのは中心の丸い部分だけである。
(この項以上)