火縄銃



29、所謂薩摩筒 その二 「目当ての穴に観る特徴」

先日(平成27年12月)銃砲史学会例会に峯田 元治氏が説明用に持参した
薩摩筒銃身、その目当ての特徴から推考した内容である。
薩摩筒の元目当て(照門)には時々穴が開けてあるものが見られる。
これは果たして現在のピープサイトであったのであろうか?
この銃身は私が持っていた短筒のものである。

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元目当てに環孔が開いていた

このようにして狙いを付けると、筋も穴も同じであった。従って「短機関銃」にあるような距離を例えば50mと100mの二つ選べるものとは思えなかった。
薩摩筒に関して、
宇田川 武久教授のお言葉では、薩摩筒は「薩摩」と言う国が鎖国した日本の中でまた鎖国していたような地域で他国火縄銃や他流派と交流がなかったので、独特な形状を残したままだったとしていた。

澤田 平氏は「薩摩筒は実用的でない」と書いている。
私もそう思う。独特だが小銃としては扱い難い。

このように照準器に孔を開けた火縄銃は他にはないと言ってよい。(出てくるかもしれないが)

以下、峯田氏の筒である。(氏のご好意で使用させていただいた)

薩摩筒図と名称

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前目当て(照星)と後目当て(照門)の両方に直径2㎜の孔が開けられ、前は○後ろは□であった。典型的薩摩六匁筒で銃身である。

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後ろの□には、櫓、回しのような小道具が装着されていたそうである。

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もしこの後ろの□の孔を環孔照門として使用するなら、以下のような4通りの
照準の使用法がある。

① 照門も照星も筋と角(銀の滴がある)で
② 照門は孔、照星は角(銀滴)で 普通の環孔式だ
③ 照門は筋、照星は孔で 見たことはないが
④ 照門は孔、照星も孔で 狙い難い

距離的には②、①、③、④の順で近い目標を狙うことが出来る。
例会での問題は銃身のみで銃床(台)がなかったので、果たして、銃を頬に当て、この4通りの照準が可能であったかどうかは不明である。

また照門の一辺2㎜ほどの○でなく□に孔が照準器として使えたかも疑問だ。

環孔照準はわりに新しい方式で欧米でも18世紀に出現したものだろう。
日本の軍用銃では三八式後期型、九九式と時代が下がって出てきた。
この理由は国民を大動員し視力があまり良くない兵も扱えるようにしたからと言う。

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火皿の外部には筋が入れられていた。
(以上)