洋式銃



26 、ロビンソン・クルーソーの武器と西欧文明

-17世紀後半欧州の前装銃―      2019年3月

(はじめに)

英国の小説家ダニエル・デフォーが1719年に刊行した小説、
「ロビンソン・クルーソー冒険談」は小説とは言え、当時の欧州市街、無人島、未開地、イスラム圏様々な状況を知る得難い物語だ。
少年の頃に、子供版を恐らく10回は読んだ。
最近、「唐戸 信嘉訳、光文社古典新訳文庫本」を読み返した。
少年版には略されていた多くの重要な事実を発見した。

画 N.C.ワース

(彼の28年間の無人島生活は17世紀後半欧州の縮図であった)

ロビンソンは船乗りであり開拓者で、商人でもあった。
ポルトガルが独占していた大航海時代から、産業革命の息吹が見えた移行期に不幸ながら漂流し無人島において一人で暮らすことになった。
彼は無人島で神への信仰と理解、聖書精読、解釈に励み、信仰人としての自分を確立した。物語、全編に新訳、旧約聖書、詩篇からの引用がある。プロテスタントとカソリックの心の中での葛藤もあった。

(彼は欧州人、勤勉であった)

知っている技術をもとに、創意工夫、知恵、観察などで身についた能力だけで様々な問題を解決した。
大工、土木、木こりなど重労働、職人として篭、土器、燃料など製造作業、衣類、傘、帽子など、道具も自分でデザイン、作成した。
さらに農業者として穀物栽培、保存、加工(自然の葡萄をレーズンに)。牧畜家としてヤギの牧場、子ヤギを捕まえて柵の中で飼い増やした。採乳してバターやチーズを加工。
狩猟者、漁労として採取、銃で様々な鳥獣を撃ち、定期的にウミガメを捕まえた。
航海者としてカヌーを設計、自作し島を回り、他の難破船から必要なものを採取、物資調達した。海流の観察をした。
燃料として樹木から炭を作る、獣の脂から照明を工夫した。
科学者として気候の周期、雨や陽をふせぎ健康を維持した。
恐らくやってなかったのは「鍛冶」の仕事くらいではないか。
綿密な計画を立て、人を使う経営者としても後半は能力を発揮した。
つまり個人ではあるが、作者はロビンソンに当時の産業構造を
表現した。

(ロビンソンの武器と火薬、弾丸)

画 N.C.ワース

自分が難破した船から筏で島に運搬した武器リストは
上質の鳥撃ち銃 2挺、 普通のもの1挺、計3挺
拳銃 2挺、 マスケット銃 7挺、 火器合計12挺
角製の火薬入れと皮革製の小袋、 火薬樽 3個(ひとつは冠水)
鉛板 7枚(重いので斧で切って運んだ)
銃弾 2樽、  散弾 大袋

(ここでいうマスケット銃は58口径ほどの重たいフリントロック銃のことであろう。鳥撃ち銃は身の薄い軽めの銃床の小さい同じく58口径ほどの銃であろう。拳銃はフリントロック、50口径ほど。)

17世紀前半のポルトガルの銃各種(パーフェクトガンより) 
火薬(黒色)は100kgあったが小分けにして洞窟内に収納。
水に濡れた樽も後に開けてみたら回りは固まっていたが真ん中の30kgは健全だった。
マスケット銃も鳥撃ち銃も1発発射に10g程度の火薬を必要とするだろうが、この分量では万発規模撃てる充分な量あった。
これは当時の船は大砲を装備して大砲に使用する火薬量はけた違い
であったからだろう。

後に、難破したスペイン船からは数挺のマスケット銃は必要なしと持ち帰らない。特大の角製火薬入れに2kgの火薬 光沢のある鳥撃ち銃用の火薬などを手に入れた

銃の手入れ、修理、火打ち石、鉛板からの銃弾の製造などに関しては具体的な記述はないが、
ロビンソンは毎日、外出する際は必ず銃を携行した。

(ロビンソンの戦闘)

非常に警戒心の強い彼は砦化した住み家に、海岸で足跡を発見してから、囲いの土手に7つの穴を空け、各々にマスケット銃を差し込み、
2分間で7発発射できるようにした。

フライデーを人食い土人から救った戦い)
マスケット銃4挺に各々散弾と普通弾2発、多めの火薬を装填
鳥撃ち銃拳銃2挺に各々2個の弾丸を装填 

画 NC ニコル

フライデーを助けた際には2挺の銃と剣を携えていた。
スペイン人2名を人食い土人から救出する戦い)
すでにフライデーには銃の装填や操作は教えてあった。
各々がマスケット銃3挺と拳銃を1挺、マスケット銃には通常弾の他散弾を2発、拳銃に通常弾2発を装填し、21人の土人に向け、出来るだけ近づいた距離から、2人で一斉発射した。救ったスペイン人に拳銃、剣を渡して彼等も戦闘し、生死不明で逃走した1名を除く20名を殺害した。救助したスペイン人の戦うさま

欧州の火器と剣の威力は絶大で、2人と助けた2人、計4人で20人を殲滅した。

(17世紀欧州の貿易、金融制度の先進性と植民地経営と物語)

この物語の基盤は欧州の航海時代と植民地経営である。
ロビンソン自身もブラジルで農園を運営していた時期、欧州との往復でこの不幸に遭った。救出され欧州に戻ってからも、彼のポルトガル船長に貸し付けていた資金、ブラジル農園の利益は確保されていた。つまり、欧州においては航海による通商、投資や貸付による金利、それらの為替送金などの制度が確立されていた。

これは国際的な経営や企業の基礎となる法律、制度が存在していたからだ、植民地経営はこのような仕組みで行われていた。
単純なる搾取や、略奪によるものではなかった。(この時代以前にはスペイン人の中米への侵略はあったが。)
日本は17世紀初頭、すでに30万挺の銃を備え、人口の10%は戦闘階級であったので、仮に欧州人が来ても割の合わないことになっただろう。(「日本の火縄銃」より)
ロビンソンは、金、金貨、銀貨など各種通貨も難破船から島の洞窟に持ち帰るが、靴下の方が良いと吐露したように、モノがなければ貨幣は必要ない基本的経済理論も物語は象徴している。

反乱を起こした水兵の武器も奪い処罰した。秩序を守らぬ者には徹底した行動と制裁をとった。そして、船長を助け、その船で島を離れる。法や秩序の理念はこの時代、すでに欧州では確立されていた。

(物語の米国開拓と産業革命へのつながり)

砥石(丸型)を道具の整備に使用した。動力を使う方法は当時あったようだ。それも彼は工夫し、道具類の手入れをした。
ロビンソンの無人島での生活は全てが当時の欧州の文明の基本的な技術と論理に支えられていた。船、鉄、火薬、大砲、銃など。
特に帆船、火器と火薬に関する記述がなければこの時代の背景が分からない。

当時の帆船

この小説が出たころ、英国からメイフラワー号を象徴する開拓民が米大陸に移動、定着しつつあった時期だ。米大陸における開拓民の信仰や生活はロビンソンにモンタージュできる。
そして、ロビンソンの信仰、勤勉、工夫、警戒心、効率、価値観などは当時の西欧の規範であり、それらが無人島で彼が工夫したように社会が効率を求め産業革命が100年も経たずして西欧では遂行されたと、この物語は語っているようだ。
なお、17世紀当時火器は日本には残っていないが、欧米でも同じで、火器の現存品は博物館でしか見ることができない、貴重なものだ。
作者のデフォーは、恐らく幾人かの実際の漂流者を取材し「ロビンソン」を作り上げたのであろうが、この物語には17世紀の西欧がそのまま描かれていた。
ベーコン、ホッブス、アダム・スミスなど当時の学者の知識、契約、国富などの概念が背景にあったのだろう。

(参考と写真、イラスト)

Perfect Gun by Rainer Daehnhardt
Robinson Crusoe by Daniel Defore Illustrated by N.C.Wyeth
ロビンソン クルーソー デフォー唐戸 信嘉訳 光文社

日本の画家が描いたオランダ船、19世紀初頭の日本が欧米の大型船を知らなかった分けではない。

終わり