案外少ない「軍事史」の書籍
日本では軍事史だけをとりあげて人文学的な研究はあまり盛んでないようだ。
書籍の数が少ない。どこからどこまでを、時代、地域、兵器の分類で取り上げるのが難しいからだろう。あまり絞り込みすぎると専門的に深い研究となり、対象が限られる。一般的すぎると内容が浅い。この3巻の軍事史研究はそういう意味でバランスが取れている。理想を言えば、明治以前、武士の軍事と、戦前の軍国主義、そして現代においても日本なら何か、一本通ったものがある。
それが見つけられれば言うことはない。しかしそれには著者側の理由があった。
藤原彰著「軍事史」日本現代史大系
東洋経済新報社 1961年 B5版345ページ
近代日本の歴史はその発展のテンポが特徴だ。この本は幕藩体制軍備の兵制改革、富国強兵の時代から、戦後の自衛隊出現までを以下にまとめている。
- 武士団の解体と近代兵制の輸入
- 徴兵制の採用と中央兵力の整備
- 天皇制軍隊の成立
- 日清戦争
- 日露戦争
- 帝国主義軍隊への変化
- 総力戦段階とその諸矛盾
- 満州事変から日中戦争へ
- 第二次世界大戦
- 再軍備のその矛盾
である。19世紀はじめ大塩平八郎の乱から始まる。日本の近世は軍備の否定から始まっていた。小銃を50万挺輸入してばらばらな各藩の軍備の近代化が始まった。それが明治政府により組織化され、そして軍事大国になる過程、データや表、写真で具体的に説明している1冊だ。読めば日本の近代化の功労者は徳川幕府であったと気がつく。
小山弘健著「図説世界軍事技術史」
芳賀書店 昭和47年 B5版372ページ
主に火器の発展を図、写真、を使い分かり易く説明した本で、要領を得た良い本だ。珍しい多くの画が中世欧州での火器の出現、産業革命での発展を説明している。
序論 軍事技術の意味と発展法則
- 黎明期の火器と戦術
- 生産と技術の蓄積の時代
- 産業革命と軍事技術の変革
- 資本、戦争、兵器の国際化
- 航空の時代、核の世紀
著者はこの本の底原稿を戦前に書き始めたそうだ。それだけに212枚の写真、図の類も充実しており、「一般生産技術および自然科学との関係」に関しての説明は深い。評価できる研究だ。
林克也著「日本軍事技術史」
青木書店1957年 B5版315ページ
戦争の問題を考える場合はその方法として軍事史的なものと軍事科学的なものに大別できる。軍事科学は軍事史以上に広い展望が必要である。その時代背景を、古代天皇制から第二次大戦までを数字的分析でうまく説明している。
序論 遺産としての日本の軍事前史
- 日本資本主義の誕生と軍事技術の整備
- 日露戦争と軍需工業
- 国際兵器トラストと戦争の変貌
- 日本独占資本と軍事技術の躍進
- 恐慌下、軍事技術の膨張
- 満州事変から大戦まで
- 日本航空戦力の特質と基本分析
- 戦争と国民経済
真面目な経済と技術を戦争の両面からみた研究である。著者のことは
良く分からない。
実は最初の2巻の本の著者、藤原彰教授、小山弘健氏はマルクス主義者であった。すでに故人であるが、藤原氏は一橋大学名誉教授、日本学術会議会員であったが、朝日新聞上に日本軍「毒ガス写真」事件というガセネタを書き、物議をかもした。小山氏は軍事技術→労働搾取と言う視点から歴史を見るマルクス主義者であった。私の推定だが、この世代、洞富雄先生のことと考え合わせると、この時代の歴史学者は狙われていた。左翼に。左翼はある程度研究実績のある学者を自分の体制に都合の良いように利用した。それが現実であると思う。しかしこれらの本、研究は実に見事で実のあるものだった。以上。