真剣の替りにならぬ居合刀
居合刀も高額なものは良く出来ている。刃はもちろんのこと、拵えが鍵ではないか。特に重厚な塗りの鞘、柄の巻き、鍔など。鍔は本物に変えることはできるが。あとはバランスだ。居合の練習に使うのだから振りが真剣と同じでないと困る。
居合刀があまりに良くできているので、真剣と見分けがつかないと言う人も多いが、そんなことはない。真剣の『迫力』には居合刀はどんなに高額なものでも敵わない。この居合刀は30年以上前に会社の近くの小さな居合刀と関連品を販売していた店で購入した。当時は銀座にもそんな店があったのだ。近くの刀屋2軒はまだ営業しているが。価格は48000円、今なら10万円ではきかないだろう、注文手作り。居合刀はぴんきりで、大体はそんなにしない。しかしこれを見ると、鞘は本ものの漆、紐も絹だ。胴田貫で、2尺4寸5分
(栗型と鍔の間に拳を入れて鯉口を切ると言う意味が分からない人が多い。)
当時は大森流居合術稽古にこの刀を袋に入れて上野まで行った。社の先輩の紹介だ。真剣を持っていき、竹に濡れ藁を荒縄で巻いたものを切ったこともあった。誰かの刀が曲がって鞘に入らなくなったが、師範が木製のブロックでうまく直した。ニューヨークの仮装パーティでは「用心棒」になり、この刀を担いで会場まで歩いて行った。誰も文句は言わなかった。また、頼まれて現地の有名小学校高学年の生徒たちに英語で「侍と刀」という話をした。先日、大学生になっていたその時の一人に会い、今でもよくあの話は覚えていると言われた。時々居合刀はいつごろから使われたか聞かれるが、答えられない。
戦前にもあったのだろうが、主には戦後ではないか?
「真剣と居合刀はどう違うか。」
陸自の駐屯地で余興『ガマの油売り』を見た。司令と最前席にいたが、ガマは最後に紙を刃で切るから真剣だ。真剣はビュビュと目の前で振られると怖い。
つまり迫力が違うのだ。
先日は、警視流の演武を観る機会があった。警視流のさまざまの型を袴姿の二人師範が、寸止めで示して行く。これは居合刀だった。だから頭の上への寸止めでもそれなりの安心感があった。
だから、居合刀は良くできていても、一般の人には見分けは付かなくても真剣とは違う存在である。しかし、現在、居合刀を所持して外にでると銃刀法で下手すると検挙される。真剣は研ぎにだすか、販売するときしか外に出せぬ。
居合でも切っ先は危険な感じだ。
後で警視庁の師範に聞いたら、「真剣は持って歩けませんから、今は居合刀です。」と言っていた。警察官が公式な演武に移動するにも真剣は持ち歩けない。
研ぎに出すとか、販売するとかだけである。