呉鎮守府は今 

防衛懇話会研修(平成27年10月)の2日目は昼前に呉海上自衛隊に行き、

『呉鎮守府』108年間の歴史を聞いた。
呉市の人口は現在23万人、広島市通勤圏内にしてはそんなものかと感じるが
戦前は40万人であったそうだ。

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海軍鎮守府、工廠存在がその理由だ。ここの海軍工廠で「戦艦大和」は建造された。
(「大和」に関して言えば、三菱重工が「戦艦武蔵」を昭和15年11月建造し、「大和」は翌昭和16年12月就役だから、本当は三菱重工が日本の重戦艦の生みの親と言っても過言ではないであろう。)

1、呉潜水艦教育隊本部訪問
呉は和歌山県から宮崎県まで13県を担当地域とし、この範囲内には5つの重要な造船所がある。39隻(海上自衛隊では「艦」とは言わないそうだ)が所属している。

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「しごかれるだろうなー」と感じる

海上自衛隊には、護衛艦、航空機、掃海艇などはあっても潜水艦が日本防衛の要であることには間違いない。潜水艦司令部は横須賀だが、呉は第一潜水艦隊で、潜水艦教育学隊が所在する。

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(どのような日本軍人が操艦したのであろうか?
当時潜水艦乗りはやまほどいたが、何度も言うが「憲法第九条」は連合国が創作しそして反故にした。今更議論の余地はない。日本はは実憲法はないと言って過言ではない。)
初代は米国供与兵器のガトー級であり、爾後「おおしお」型1、「はやしお」型4、「あさしお」型5、「うずしお」型7、「ゆうしお」型11、「はるしお」型7、「おやしお」型(2700t)11、それに「そうりゅう」型1(2950t)5と、発展してきた。
現在も、画期的性能の装備品を開発中と聞いているがその説明はなかった。
「うずしお」型になりハプーンミサイルが搭載された。(ハプーンは古い護衛艦に搭載もみるが、米軍ではもう使用してない。「うずしお」型から爾後の日本潜水艦独特の『マグロ型』になった。

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「おやしお」型からステルス性を帯び、そして「そうりゅう」型は長時間潜航、静粛性にすぐれたスターリングエンジンを採用と日本の潜水艦は同じものを継続的に製造していたのではなく、発展的に開発を続けた点が世界の評価を得ている。原子力は国防の現実から必要ないので採用されてないし、今後もその予定はない。国民も多少でもこのような現状を理解せず、なんでも「反対~」は愚鈍なる民としか言いようがない。

人員は防大、大学出身約70名の幹部が江田島で養成され、乗員はこの教育訓練隊で7000名が養成された。呉なくして日本の潜水艦なく、潜水艦なくして呉(鎮守府)なしの状況だ。(一艦定員は大体70名なので、100艦分になる計算だ。)

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前席の海佐と会話しとてもためになった。
昼食後、学校の様々なシミュレーターを研修した。主なものは、艦体の間に
圧縮空気と水を入れたり出したりしながら、潜航、上昇を操縦するもの。

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潜航中

潜航するまでの間海上を航行するために海面に出た艦橋(半円のプールに浮いたような不思議な形)から下の操縦席(大体4人の担務に分かれている)に指示を出すためのものなどだった。
意外にこの「艦橋勤務」がはきつい。明石大橋をみたて、編流を取りながら進む。さまざま船舶が航行している。

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私は熱心に声には出さず「おもかじ」「とりかじ」「何度」と頭の中で10分ほどやっていたら、外に出たら頭がふらついた。こんなことは航空機で曲技飛行をやってもめったにない。

2、「おやしお」型4番艦「まきしお」に乗艦する

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奥が「そうりゅう」型、まん中の艦に行った。

この艦は全長90m、幅10m、高さ16㎝、三階建てだ。海上に出ているのは
上の一階部分だけ。
後部の非常ハッチのようなところから入ったが、下まで5mある垂直な梯子だ。
しかも上が太く、途中が狭い(2段階目一番上の梯子が上から見えない)意地悪な造りだ。

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お相撲さんはまず乗艦はむり

艦が沈底した事故の際にここから一人ずつ救難する仕組み。

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艦内は幾つかのブロックに仕切られ、直径90cmくらい幅が30㎝くらいのハッチを通り抜ける。普通は手で上部をつかみ、足から先に入れ、身体を、頭が最後に通過するのだろうが、とても厚さがあるので私には不可能だった。這うようにしか通過できない。

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乗員の生活はまったくプライバシーがない、の一言だ。
だがベッドが今の若者向きに意外に大きなものだった。
魚雷の横のベッドも案外、快適なスペースではないか?
いびきの酷い乗員はエンジンルームか、とかいろいろ想像は膨らむ。

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乗員室、10畳ほどの部屋は真ん中にテーブル、周りにベンチ、当然全部固定、
ここで食事する。

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くじらで撮影したもの

横がキッチンでわりに広く、どんな料理でも出来るそうだ。
食材はベンチやテーブルの下、モノが入るところにはどこにでも入れて出航する。

もっと詳しい情報を得て、撮影は禁止だが、スケッチを何枚も書いた。
特に指令室、潜望鏡などの仕組み、これ以上は国防上の機密になるから省略する。

士官になっても潜水艦生活は一番私には向いてない。
(この項以上)